そこにしかない風景を巡る
家の近くを散歩していると、田んぼに真菰が栽培されていました。そこに一陣の風!
ざわわ!・・・でなくて、真菰に風といえば「ざんざら」。
これを機会に、風に吹かれてブラブラ歩いた記録を作ってwebにあげてみようかと。テーマは、街道歩き、古道探索、峠越えを絡めた山登り。そして、野歩き、里歩きなどです。
そこにしかない風景を求めて歩きます。
ここでは3つのカテゴリに分けて整理して、全てのアウトドア活動の道筋を示すプラットホームの運用を考えています。要は、ここからカテゴリごとに下記のブログに飛ばすということです。
あちこち街道:walkin'(完)nifty 2005--2013
どこでも散歩1:dokodemo2(完)nifty 2001--2016
どこでも散歩2:dokodemo3 livedoor 2016--
だらだら日常:stellabyhydra livedoor 2016--
どこどこ登山:dokodoko(完)FC2
2008--2018
どこどこ登山2:dokodoko2(New) Google Blogger 2018--
:YAMAP版(New)2019--
ざんざら歩く:zanzara(New)過去ログ集
Google Blogger 2022--
Counters
■2022/08/30
新サイトがほぼ完成したのでカウンターをつけてみました。
上:累計(初期値18622)
中:当日アクセス
下:Jimdo公式、実績を後悔!
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■元サイト 2023/06/26 23:59
街道筋は生活景の宝庫です。大小、有名無名にかかわらず古街道を丹念に歩こうと思います。
山野跋渉、里ブラ、街ブラ、峠越えと重なることも多いです。
山登りですが、ボクはピークハンターではないので、近場の低山、里山徘徊、峠越えなども含みます。
古い街のたたずまいを訪ねています。街ではありませんが、ご近所の散歩も含みます。
最新情報です。YAMAPとざんざら散歩ブログにリンクしているだけですけどね。
登山・トレッキング一般
yamap
峠越え、登山など
Google blogspot
街道をゆく、散歩・花鳥風月
Livedoor/walkin3
3つのカテゴリのなかで興味関心が深まったり、こだわりも出てくることもあります。そういうのをテーマと捉えて活動をしています。そのテーマごとのレポートです。(ただいま設定中)
植物園通信
きさいち植物園をぶらぶらと歩きます。春夏秋冬ですが、冬はまだありません。とりあげる材料も偏っています。ほとんど落葉樹林、温帯北部型、温帯南部型、暖帯型の落葉樹林と日本産樹木見本園です。それに針葉樹林がちょっと入る。照葉樹林は性に合いません。
きさいち植物園春夏秋冬
きさいち植物園をぶらぶらと歩きます、第2弾。主に2014年からのアルバムです。
2018年は度重なる豪雨、台風直撃でたくさんの樹木がやられました。復旧がなかなか進みません。
野は交野
清少納言の枕草子に、「野は嵯峨野さらなり、印南野、交野、駒野、飛火野、しめし野、春日野、そうけ野こそすずろにをかしけれ」とあります。「野は交野」そう思いますが、肝心の「野」はもうないかと思うほどなのです。いや、それでも痕跡ぐらいは残っているのではないか?そういうことで、探しまわってみます。
葛城二十八宿経塚巡行
葛城二十八宿経塚は、役小角(またはその後裔たち)が法華経八巻二十八品を埋納したとされる経塚で、友ヶ島から和泉山脈、金剛、葛城を経て亀の瀬に至る葛城山脈に点在する修験道の聖地である。その経塚をつまみ食いでなく、つながりのあるように歩いた。
綾部市境を歩く
綾部市の境界を歩いたら、なかなかのもんでしたよ、というレポです。
昔、ある人が,ボクの故郷綾部市の市境三角点を歩いたというサイトを作っていました。それに倣って綾部市の市境を縦走してみました。
綾部市の再認識,新しい発見があっ たと思いますよ。
高浜街道を歩く
金久昌業さんの「北山の峠」にならって、若狭に通じる古道を歩く。最初は旧周山街道で高浜街道、小浜街道に分かれる。頭巾山に登るのに引っ掛けて若狭越を初めて、2018年9月23日に改めて京から再開・出発。2022年5月29日にやっと.若狭越のひとつ、高浜街道を歩き終えたので、ここでまとめておこう。
葛城北峯の宿を歩く
「諸山縁起」によれば、生駒山地を点々と繋ぐ修行の場「青谷寺、中山寺、信貴山、往生院、下津村、髪切、生馬、鬼取寺、田原、石船、師子石屋、金剛寺、甲尾、高峯、波多寺、田寺、八幡」の十七の宿が記されている。交野の4宿はいつも歩いている所でもあり、未定地を探索しつつ繋いでみることにした。
星田の谷をくまなく歩く
星田の山もトンとご無沙汰で、そろそろ歩いてみるかと昔の谷歩きデータを整理していたら、なんとダイナミックな谷道だったんだと思い直した。荒れ谷あり、花の谷あり、なんと多彩な谷道だったんだと。当時「谷を遡って尾根を降る」というコンセプトで、「星田の山をくまなく」歩いていたもだった。